【参院本会議】塩村あやか反対討論!

【参議院本会議】国旗損壊罪法案が賛成多数で可決

表現の自由と民主主義の危機に抗した、塩村あやかの反対討論

本日7月17日、参議院本会議において、激しい論争を巻き起こしてきた「国旗の損壊等の処罰に関する法律案(通称:国旗損壊罪法案)」の採決が行われました。私たち立憲民主・無所属会派をはじめ、数多くの野党がその違憲性と危険性を厳しく指摘し、徹底抗戦を続けてまいりましたが、残念なことに、提出会派などの賛成多数により可決してしまいました。

この採決を前に、塩村あやかは会派を代表し、本法案に対する断固反対の立場から、壇上にて渾身の反対討論を行いました。 日本社会の民主主義の根幹を揺るがしかねないこの法案に対し、どのような思いで反対を訴えたのか、これまでの内閣委員会における審議の流れや有識者(参考人)の声とともに、本法案についてご報告いたします。

本会議前に議員総会で決意表明をする塩村あやか

刑事罰による「敬意の強制」は立憲主義の否定である

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本会議の壇上に立った私は、まず、自分自身も我が国の国旗を大切に思う一人であることを表明しました。国旗を尊重する思いや国民感情そのものは尊いものであり、尊重されるべき価値があります。しかし、だからこそ、国家の強権たる「刑事罰」という脅迫的な手段をもってそれを国民に強制し、縛り付けようとすることには、断固として反対しなければなりません。

現行の刑法においても、他人の所有する国旗を公然と傷つければ器物損壊罪や建造物侵入罪、あるいは業務妨害罪によってすでに十全に処罰の手当てがなされています。それにもかかわらず、今回の法案は、現行法では処罰できない「自己所有の国旗を、他人に迷惑をかけずに自ら損壊する行為」までを刑事罰の対象に引きずり込もうとするものです。

守ろうとする法益は「国民感情」という、極めて抽象的で主観的なものに過ぎません。このような曖昧な感情の保護を理由に、最高2年の拘禁刑という重い刑事罰を創設することは、憲法が保障する基本的人権を根底から揺るがす暴挙です。すでに刑法学者ら140名を超える専門家や、約30もの実務・宗教・表現・人権団体から反対声明や撤回要求が提出されている事実こそが、この法案がいかに異常であるかを物語っています。

内閣委員会での審議と、憲法学者らが鳴らした強烈な警鐘

本日の本会議に至るまで、参議院の内閣委員会では連日、極めて緊迫した審議が重ねられてきました。とりわけ、先日行われた参考人質疑においては、憲法学・刑事法の権威であるお二方の参考人から、本法案の「違憲性」について決定的な指摘がなされました。

神戸大学大学院の木下昌彦教授は、国旗の損壊という行為は、言語を介さないものの特定の主義主張を他者に伝達する「象徴的言論」であり、表現の自由の核心であると指摘されました。これを処罰することは、正当な言論活動に対して深刻な萎縮効果をもたらします。木下教授は、他者の宗教的行為が主観的に不快であっても法的保護には値しないとした最高裁の「自衛官合祀事件判決」を引き、「不快な気持ちは、表現の自由を保障する憲法の下では受を受忍すべき限度内である」と明言されました。さらに、「国民感情を保護法益とし、不快感や嫌悪感を理由に国旗損壊を処罰する先進民主国は見当たらない」「仮に本法が合憲とされるなら、これまでの憲法理解が根幹から覆り、憲法現象としては憲法改正と同じ意味を持つ」という、強烈な警告を発されました。

また、中央大学の橋本基弘教授は、本法案を「異常な法」と断じ、刑罰法規として不可欠な明確性が致命的に欠落していると批判されました。客体や行為態様の定義があいまいで、「後出しじゃんけん的な解釈を許すものであり、法の支配の全面否定だ」と喝破されたのです。

私人逮捕の暴走と「相互監視社会」への懸念

本法案の最大の恐怖は、実務上の運用において、誤った「私人逮捕(現行犯逮捕)」による重大な人権侵害や社会的混乱を引き起こしかねない点にあります。

本罪は被害者の告訴を必要としない「非親告罪」として設計されています。そのため、抗議デモの現場などで、主観的な正義感や愛国心を暴走させた一般市民が、対立する陣営の市民の国旗の扱いを見て「不快な方法で汚損した、現行犯だ!」と自ら判断し、逮捕状なしで実力で行使し、相手を拘束することが事実上可能となってしまいます。専門家や裁判官ですら判断が困難な「どこからが罪になり、何が免罪されるのか」という境界線を現場の一般市民に委ねれば、物理的な衝突や不当な身体拘束が多発することは目に見えています。

国旗の損壊は、歴史的に人々が国家権力への抵抗や差別を糾弾するために用いてきた、最も強い政治的表現の一つです。橋本教授が「日本国憲法史上初めて、政府批判を禁止する法律になり得る」と強い警鐘を鳴らした通り、方法の規制という体裁をとりながら、その本質は政府への抗議メッセージそのものを狙い撃ちにして取り締まる、極めて危険な思想統制の刃を隠し持っているのです。

露呈した「二重基準」と発議者の「透けて見える本音」

討論の中で、私は「国民感情の保護」という名目がはらむ欺瞞的な二重基準についても厳しく追及しました。 平和や主権在民の象徴であるべき我が国の国旗が、街頭において、他者を排斥する「ヘイトスピーチ」や「人種差別デモ」の象徴として悪用されている現実こそ、国旗を真に大切に思う多くの国民が最も心を痛めている状況です。しかし、具体的かつ深刻な実害を伴うヘイトスピーチの刑事処罰化に対しては、我が国は「表現の自由への配慮」を理由に、人種差別撤廃条約の処罰義務に「留保」を一貫して付してきました。それにもかかわらず、国家への抗議行動がもたらす抽象的な「不快感情」にはいとも簡単に刑事罰を導入する。この極端な二重基準こそ、本法案が実質的な「言論への介入」に他ならないことの客観的な証明です。

発議者側が主張する「アンバランスの是正」や「諸外国にも例がある」という主張も詭弁に過ぎません。外国国章損壊罪の保護法益は「外交作用の円滑・安全」という国家的法益であり、国民感情の保護など一切含まれていません。また、自由民主主義の盟主アメリカでは、連邦最高裁判所が「政府は表現が不快だという理由でそれを禁止することはできない」として国旗損壊罪を明確に違憲としています。イギリスやカナダには最初から法律自体が存在せず、カナダでは過去に法案が提出された際も、基本的人権を脅かすものとして実質的な審議すら行われず第一読会で門前払いにされ、葬り去られています。

極めつけは、法案発議者である日本維新の会の阿部衆院議員の答弁です。阿部議員は、衆議院の委員会において「政治家としての答弁」と前置きした上で、「本法案によって愛国心も醸成されていくのではないか」と答弁しました。野党が内心の自由を侵害するおそれがあるとして答弁の撤回を強く求めたにもかかわらず、阿部議員はこれに一切応じませんでした。この撤回拒否の姿勢こそ、あの一言がまさに発議者の本音、すなわち「刑事罰を背景に、国民に特定の思想や国旗への敬意を事実上強制する」という本質を雄弁に物語っています。

数の力による強行への危機感――私たちは諦めない

刑事法の体系を無視し、法制審議会という当たり前の公的手続きすら経ず、表現の自由を数の力で強行制約しようとする本法案の成立は、国会議員の使命に完全に背く暴挙であり、立憲主義の否定です。

愛国心とは、国家が個人を尊重し、自由を保障することによって、国民の心の中から自然に、自発的に湧き出るものです。戦後81年目を迎え、新しい憲法のもとで万人から自発的に愛されるものとなりつつあった日章旗が、この法律の成立によって、再び国家による「抑意と強権の象徴」へと逆戻りし、かえって国民から遠ざけられてしまうことを、私は心から危惧しています。

本日の採決により法律は可決してしまいましたが、私たちの戦いが終わったわけではありません。今後は、この法律が政治的批判や芸術表現を弾圧するために恣意的に悪用されないか、現場での不当な私人逮捕や警察の暴走が起きないかを、私たちはこれまで以上に厳しく監視し、国会の場で追及し続けなければなりません。

国民一人一人の自由と尊厳が真に尊重される国家をつくりあげ、誰もが自分らしく、自由に物が言える平和な社会を守り抜くために、これからも塩村あやかは全力を尽くしてまいります。

本会議の前に行われる「議員総会」

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○議長(関口昌一君) 本案に対し、討論の通告がございます。順次発言を許します。塩村あやか君。
〔塩村あやか君登壇、拍手〕
○塩村あやか君 立憲民主・無所属の塩村あやかです。
私は、会派を代表し、ただいま議題となりました国旗の損壊等の処罰に関する法律案に対し、断固反対の立場から討論を行います。
まず、冒頭に申し上げます。
私も、我が国の国旗を大切に思う一人です。国旗を尊重する思いや国民感情は尊いものであり、尊重されるべき価値があります。しかし、だからこそ私は、国家の強権たる刑事罰をもってそれを国民に強制し、縛り付けようとする本法案に、断固として反対をするのです。
本法案は、既存の器物損壊罪等とは異なり、自己所有の国旗を損壊する行為をも対象とし、国民感情という抽象的な法益を刑罰で保護しようとするものです。
しかし、これを刑事罰をもって強制する本法案は、憲法が保障する基本的人権を根底から揺るがす極めて危険な悪法であり、刑法学者ら百四十人を超える専門家や、約三十もの実務、宗教、表現、人権団体から反対声明や撤回要求が提出されている事実こそが、この異常性を物語っています。
先日の参考人質疑では、憲法学者お二方から違憲性について決定的な指摘がなされました。神戸大学の木下昌彦教授は、国旗の損壊は特定の主義主張を伝達する象徴的言論であり、表現の自由の核心であると指摘をされました。これを処罰することは、正当な言論活動に深刻な萎縮効果をもたらします。木下教授は、他人の宗教的行為が不快であっても法的保護には値しないとした最高裁の自衛官合祀事件判決を引き、不快な気持ちは表現の自由を保障する憲法の下では受忍限度内であると明言をされました。
さらに、国民感情を保護法益とし、不快感や嫌悪感を理由に国旗損壊を処罰する先進民主国は見当たらないと強く指摘をされています。仮に本法が合憲とされるのであれば、これまでの憲法理解が根本から覆り、憲法現象としては憲法改正と同じ意味を持つとの警告を、我々は厳粛に受け止めるべきです。
また、本法案は、刑罰法規として不可欠な明確性を致命的に欠いています。発議者は、政治的抗議であってほかに手段がない場合は違法性が阻却されると説明しますが、そもそも警察の取締りや逮捕は行為の外形に基づいて行われます。一瞬の現場で、行為者の内心の政治的信念やほかの手段の有無を客観的に判断できるはずもありません。
この基準の曖昧さは、実務上、極めて深刻な混乱と人権侵害をもたらします。本罪は非親告罪であるため、デモの現場などで、対立をする市民を現行犯逮捕することが可能になります。私人逮捕です。専門家や裁判官ですら判断が困難な、どこからが罪になり、何が免罪されるのかという判断を現場の一市民に委ねれば、主観的な正義感や愛国心を暴走させた市民同士が実力を行使し、物理的な衝突や不当な身体拘束を誘発しかねません。結局、曖昧な基準で広く網を掛けて恣意的に逮捕し、後から内心を取り調べるやり方は、中央大学の橋本基弘教授が批判をした後出しじゃんけん的な解釈を許す法規であり、法の支配の全面否定です。
国旗の損壊は、歴史的に人々が国家権力への抵抗や差別を糾弾するために用いてきた最も強い政治的表現の一つであります。この歴史的文脈を無視し、方法の規制という建前で、政府への抗議メッセージそのものを狙い撃ちにして取り締まる本法案は、橋本教授が警告をしたとおり、日本国憲法史上初めて、政府批判を禁止する法律になり得る、極めて危険な本質を隠し持っています。
ここで、発議者が主張する国民感情という保護法益の欺瞞に満ちた二重基準についても指摘をしておかなければなりません。
平和や主権在民の象徴であるべき我が国の国旗が、他者を排斥するヘイトスピーチや人種差別デモの象徴として街頭で悪用されている現実こそ、国旗を真に大切に思う多くの国民が最も心を痛めている状況ではありませんか。具体的かつ深刻な実害を伴うヘイトスピーチの刑事処罰化に対しては、我が国は表現の自由への配慮を理由に、人種差別撤廃条約の処罰義務に留保を一貫して付してきました。それにもかかわらず、国旗への抗議がもたらす抽象的な不快感情にはいとも簡単に刑事罰を導入し、実害のあるヘイトスピーチは放置して、国家への抗議行動だけを狙い撃ちにしています。この極端な二重基準こそ、本法案が国民感情の保護という名目を借りた実質的な言論への介入にほかならないことを客観的に証明しているのではないでしょうか。
発議会派の、アンバランスの是正や諸外国にも例があるという主張も不誠実な詭弁です。外国国章損壊罪の保護法益は、外交作用の円滑、安全という国家的法益にあり、国民感情の保護など一切含まれていません。全く次元の異なるものを同列に扱う、明らかなすり替えです。
さらに、諸外国にもあると強弁しますが、都合のいい国だけを並べ、先進民主主義国の実態を隠すのは欺瞞です。自由民主主義の盟主アメリカでは、連邦最高裁判所が、国旗を焼く行為は憲法で保護されるべき象徴的言論であるとして、これを処罰する法律を明確に違憲としています。スウェーデンは表現の自由を重視し、既に自国の国旗損壊罪を廃止しました。イギリスやデンマーク、カナダには、そもそも処罰をする法律自体が存在しません。カナダでは、過去に法案が提出されたものの、基本的人権を脅かすものとして実質的な審議すら行われず、第一読会止まり。つまり、これはつるしが下りず、門前払いにされて葬り去られています。
法規が存在をするドイツ、イタリア、フランス、韓国などには、ナチスの独裁への反省や植民地支配からの独立など、国家体制そのものが転換されたという切実な歴史的経緯が存在し、自らが命懸けで獲得をした憲法秩序そのものを守るために法を定めています。不快に思う多数派の国民感情という曖昧なものを刑罰で守ろうとする我が国とは前提が根本的に異なります。
安全保障を大義名分にする認知戦への抵抗という主張も論理破綻をしており、むしろ逆効果です。認知戦の狙いは社会分断の激化であり、この法案を強行して表現の自由を弾圧し、国論を二分すること自体が他国の思うつぼです。また、現代の認知戦の主戦場はデジタル空間の偽情報であり、自国民を刑罰で縛ったところで、他国がAI等で作成をするフェイク動画の拡散を防ぐことはできません。真に対抗する力とは、多様な言論が保障された強靱な民主主義社会を築くことです。
極め付けは、法案発議者である日本維新の会の阿部圭史衆議院議員の答弁によって図らずも露呈をした、本法案の透け見える本音です。阿部議員は、衆議院内閣委員会において、政治家としての答弁と前提の下、愛国心も醸成されていくのではないかと発議者席で答弁をしました。発議者自らの答弁は、個人の感想などではなく、この法案がもたらす実質な影響そのものではないでしょうか。これは内心の自由を揺るがしかねず、刑事罰を背景に特定の価値観を浸透させようとする意図が図らずも示されたものと受け止めざるを得ません。
更に重大なのは、野党が内心の自由を侵害するおそれがあるとして答弁の撤回を強く求めたにもかかわらず、発議者である阿部議員がこれに一切応じなかったことです。この撤回拒否の姿勢こそ、あの一言がまさに発議者の本音であり、この法案の真実を雄弁に物語っているのではないでしょうか。
これでは、刑事罰という国家権力を背景に、国民に特定の思想や信条、あるいは国旗への敬意を事実上求める法案ではないかとの懸念が深まるばかりです。
愛国心とは、国家が個人を尊重し、自由を保障することによって、国民の中から自然に、そして自発的に湧き出てくるものです。刑罰の制裁の下に愛せと強制をすることは、健全な政府批判を封じることであり、民主主義と立憲主義の否定にほかなりません。刑法の体系を無視し、法制審議会の手続すら踏まず、表現の自由を数の力で強行制約をしようとする本法案は、国会議員の使命に完全に背く暴挙です。
私たち国会議員の使命は、先人が多大な犠牲の末に獲得をした日本国憲法を擁護し、国民一人一人が尊重され、国旗が万人から自発的に愛される平和な社会を守り抜くことであって、刑罰の下に国旗への敬意を強制することではありません。
良識ある議員各位の賛同、そして本法案への断固たる反対を強く皆様に求め、私の反対討論といたします。
御清聴ありがとうございました。(拍手)

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