核兵器廃絶国際デー パネル討論にて、ご挨拶させて頂きました

本日、「核兵器廃絶国際デー」のパネル討論にてご挨拶させて頂きました。

 

【ご挨拶】

立憲民主党・参議院議員の塩村あやかです。
本日はお招きを頂きまして本当にありがとうございます。新党結成、夕方より都連大会もあり、平常よりも業務量が多いため、本日は冒頭のみの参加で失礼をさせて頂きます。
 私の父は被爆者です。私は2世です。父は爆心地1.5キロの地点で被爆をしており、5-8割近い死亡率の地点で被爆をしています。だからだと思いますが、私達子どもに原爆の話をすることは殆どありませでんした。脇腹にケロイドが少しある程度で、「その日学校には行っていなかったため、助かった」ということ位しか、私には分かりません。
 うちは特殊な家庭環境だったこともあり、あまり父との家族の団らんもありませんでしたが、2度ほど父が当時の話をしていました。1度目は私が小学生のとき。父は福山で生まれ、戦時中は広島にいたことは私達子どもも知っていたので当時のことを聞いたとき、父はふざけながら「こうやって、爆弾をパンチしながら福山に戻ってきた」と言っていました。
 もう1回は、父が最期を迎える直前です。家族を捨てた父を私は許すことができず、15年近く会ってもいませんでしたが、「余命3ヶ月。看取って欲しい」と連絡があり最期を私が看取りました。そのなかで、「そういえば、なんで福山に戻ってきたの?」と聞いたとき、「原爆があったけえよ」と、ベッドの上の父はプイと私に背を向けてしまったことを思い出します。
 父も多くの被爆者と同様、当時の話は辛すぎて出来なかったのだと思います。
 こうした経緯もあり、私は都議会議員になってからは、被爆者の援護事業に取り組んできました。主軸は都の予算を削減させないこと。被爆者と2世の健康を守ること。継承事業を大事にしていくこと。です。


【継承事業】
 東京には東友会という被爆者団体があります。本日も会場にいらっしゃっていますね。
 私は20代の時から、被爆2世検診で議員になるまでずっとお世話になってきました。健康診断をご縁に東友会との関係も始まり、私も出来ることはしたいと思い、被爆体験の継承をデータ化するお手伝い等をさせて頂きました。父の生前に被爆体験を聞いておくことを当時の私はしていませんでしたので、私自身が被爆体験を伝承できない罪滅という思いで手伝わせて頂きました。
 原爆の話をしなかった父ですが、多くの被爆者と同じです。
 一方、辛い思い出だけれども、それを乗り越えて、多くの方が被爆体験を語ってくれています。私は被爆2世として、政治家として被爆者の声を後世に残す責務があると考えています。


【国会議員としてできること】
 政治家となり、私はいま参議院議員のバッヂをつけています。 本日は核廃絶のバッジもつけています。
 国会議員としても出来ることをさせて頂きたいと思っています。まず、今年の初めに広島で「核兵器禁止条約への国会議員誓約~パーラメンタリープレッジ~」に署名をさせて頂きました。日本の国会議員としては4人目とのことです。いま何人になったのでしょうか。どんどんと増えるといいですよね。お手伝いをさせてください。
 被爆者や2世や世論は被爆体験の継承に尽力している中で、私達日本の国会は何ができるのか。これが凄く難しい問題だというのはここにいる皆さんがご存じの通りです。
 最終目標は「全ての国が核兵器禁止条約に署名をして、批准をすること」ですが、今の日本はアメリカの核の傘の下にあるゆえ、条約に反対の立場です。核兵器禁止条約が採択をされた日は、欠席をしてその場にいないという状況でした。
 いま、世界は2つの方向に向かっていると思います。
 1つは画期的な「核兵器禁止条約」が成立し、発効にむかっていること。(核廃絶)
 1つは、INF(中距離核戦力)条約からアメリカが離脱し、ロシアがそれに続いて条約が失効したこと。このままいくと、来年2月に期限を迎える新STRAT(新戦略:核兵器:削減条約)も延長できるのか、非常に厳しい見込みだと思われます。


【日本ができること・やるべきこと】
 そんな中、日本がこの核兵器禁止条約に参加をしてないのは、非常に誤ったメッセージを世界に送ったと共に、責任は重たいと考えています。何よりもアメリカの同盟国が足並みを揃えて参加をしないという「後押し」を日本がしたんじゃないかとすら思います。「唯一の戦争被爆国の日本ですら、参加をしない」このメッセージは同盟国にとって非常に重かったんじゃないでしょうか。
 同盟国であったとしても、本当の信頼関係があれば唯一の戦争被爆国の日本の立場はもっとアメリカにも尊重されたはずではないか。
 そもそも、核兵器禁止条約は同盟国でも加入はできる。
 日本と韓国は「アメリカによる核使用に協力しない」と宣言をし、東アジアで核兵器使用の抑止をする。両国が領土内に核兵器を配備しないという法的義務を受け入れれば、北朝鮮による「核開発の口実」の一部を失わせることできるはず。I CANの川崎あきら氏もそう指摘しています。こうした外交が現状、出来ない、難しいというのは本当に残念です。
 核保有国との「橋渡し」をするというのであれば、なぜ、条約交渉会議にも出席しなかったのか。同じ同盟国でもオランダは市民の署名を受け、唯一参加をし、西側の視点から貢献したと評価をされています。
 日本が今後少しでも挽回ができる機会があるとすれば、それはまず、「締約国会議」にオブザーバー参加をすること。これはマストで最低限のことだと考えます。
 そして、条約の署名と批准の「条件」は何なのか。
 その議論をする「条件」は何なのか。
 日本は明らかにすることが重要であると考えています。
 被爆2世の国会議員として、議員誓約にも署名をしましたし、今後も核なき世界のため、皆さまと共に取組ませて頂くことをお約束申し上げ、私からの連帯のご挨拶とさせて頂きます。

 

 

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